スプリンターズステークス連覇した馬

電撃の6ハロン・スプリンターズステークス

過去のスプリンターズステークスで連覇した馬は、グレード制導入以前が2頭、グレード制導入後2頭の計4頭のみで、初めて連覇した馬は1974年と1975年に勝利したサクライワイです。
桜花賞では惜しくも2着に敗れたサクライワイでしたが、前年の桜花賞馬ニットウチドリや、後に短距離の雄として活躍するニシキエースを相手に1分8秒4のレコードで快勝、翌年春には安田記念を制した後、秋にはスプリンターズステークスを制し、連覇を達成しました。
1977年と1978年に連覇した牝馬のメイワキミコは、父ギャラントマンに母の父カウアイキングという短距離馬らしい血統でした。
半弟のハワイアンイメージは、不良馬場で行われた1980年の皐月賞を制しています。
1977年のスプリンターズステークスは僅か5頭立てでしたが、2歳チャンピオンで前年の皐月賞4着馬のボールドシンボリや、1976年のスプリンターズステークスを勝利しているジャンボキングなどが出走し、メンバー的には決して低レベルではありませんでした。
2年めの1978年は、ダイナアクトレスの母モデルスポートらを相手に快勝し、見事に連覇を果たしています。
1984年にグレード制が導入された後、スプリンターズステークスを初めて連覇した馬はサクラバクシンオーで、1993年と1994年に達成しました。
スプリンターズステークスは、1990年にG1レースへ昇格すると同時に、暮れの中山開催の名物レースとなり、名スプリンターを輩出するレースとなっていました。
サクラバクシンオーはその中でも最たる例で、本格化前の3歳時に臨んだ1992年はニシノフラワーの6着に敗れましたが、翌1993年はヤマニンゼファーやニシノフラワーといった強豪を抑え、見事に初G1を手にしました。
1994年は、不向きと言えるマイルチャンピオンシップでノースフライトの2着と好走、引退レースとなったスプリンターズステークスでも快速ぶりを発揮し、1分7秒1のレコードタイムで自ら引退の花道を飾りました。
「世界のロードカナロア」のフレーズで有名なロードカナロアは、スプリンターズステークスが4回中山開催となってから初めて連覇した馬で、2012年と2013年に達成しています。
春の高松宮記念では1番人気に推されながら伸び切れず、3着に敗れたロードカナロアでしたが、その鬱憤を晴らすかのような1分6秒7のレコードタイムでカレンチャン以下を撃破しました。
その後も香港スプリントや高松宮記念、安田記念等を制し、まさに絶対王者として挑んだ2013年のスプリンターズステークスでは、逃げ込みを図るハクサンムーンをゴール前で交わし、その強さを見せつけました。

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